国内盤レビュー

経済の空洞化が進んで、これからの日本は超ヤバイ!!依然とした音楽界の慣習的な横並び意識、そして均質化に叛旗を揚げろ!

火曜日, 1月 18, 2005

平成17年歌会始によせて

新春恒例の宮中行事歌会始が皇居で1月14日行われました。
あんまりこのサイトから皇室や2chには踏み込みたくはないんですが、
ドス子の事件簿 【まとめ】新年恒例歌会始。皇太子、ちょっとその歌ヤバイんじゃないの?
こちらの2ch系のblogで、今回の歌会に対する2chの人々の辛辣な発言のまとめがされています。例えば静養中の雅子皇太子妃のいっぱいいっぱいさ加減をわざわざ指摘したり、いかにも2ちゃんねらー的な部分でしつこいとは感じますが、鋭い示唆も何点か含まれています。

お歌について
まずこちらの宮内庁HP発表の平成17年歌会始お題「歩み」に関するまとめも見てください。
先に挙げた「ドス子の事件簿」さんで問題にされている、皇太子が詠んだ歌なんですが、
頂きに たどる尾根道 ふりかへり わがかさね来し 歩み思へり

なんていうか山登りの途中を振り返ってるだけという感じで、短歌など普段嗜まない僕には一見して何がどう悪いのか、よくわかりません。これを読んでも平凡というか、それが「何がいいのかよくわからない」皇室のいつものスタイルというもんかな?ぐらいに僕は思ったんです。ところが
もうすぐ頂き(天皇)なんだな~・・。これまで長かったことよ → もうすぐ天皇が変わりそうだな
こんな風に「頂」や「尾根道」という言葉に「天皇への道のり」を連想して反応する向きもあるものなんですね。

秋篠宮も「頂」という言葉は使っています。
頂へ 登り行く道 歩みとめ 山高く咲く花を 愛でたり

それでもこちらでの使われ方はソフトというか、権力構造を上がっていくという誤解を受けたとしても、まだほっとできるだけの余地があります。子作りの予感を感じとってしまったという2chの人もいます。

ともかく高校の古文の時間などでも皆、必ず日本の和歌を読み解く上で、歌の裏に込められた意味を取る重要性を教えられます。古くはそこで短歌が権力闘争の道具にまでなりました。しかしそれがそのまま現代でもストレートに通じ、ある種の情報戦が行われるということはもちろんないでしょう。そうは思いますけど、だけどもしメディアも注目する新春の歌会に、そんなメッセージが込められていたとしたら、どうなるんだ。誰の家にだって、痛ましい出来事の1つや2つあるけれど、それが歌という形式で公衆の目に触れる立場というのはすさまじい、そう思います。

参考ページ:
Google 検索: 歌会始

ちなみに来年のお題は「笑み」とのこと(応募要領リンク先)。

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